08/04/28

懐かしい言葉「おんぼろ」


日曜日の午後、普段より長めのアミィとの散歩にでます。おうちの真ん前の公園でひと時を過ごした後、大きな公園に向かって歩きます。アミィの早さに合わせると、けっこうなスピード。
途中、80年代にはよくみかけた、ワーゲンに会いました。愛称はたしか「ビートル」。懐かしい気分になって歩きながら、シャッターをきりました。その80年代に友達はおんぼろのボルボに乗っていました。そして、ビートルなどもよくおんぼろなものもみかけたものです。最近は、そういう「おんぼろ」なものってみかけないように思います。
アミィは今日も、大きな公園でボールを草むらから見つけてきて大喜び。こちらもかなり「おんぼろ」?

08/04/26

2度目のHello! Bonjour!


みなさんこんにちは、Hello! Bonjour! リスタートです。
siteの中のblogとして始めたのが2005年。特に好きなparisについて書いたり、一緒に暮らすワンコ、アミィのことを書いてみたりしてきました。そして、昨年あたりからスパムのコメントがすごく多くて閉口していました。
思い切って、新しい場所に移す事にしました。少しですが書きためた日記もそのまま移動作業。
ゆっくりですが、ここでまた思いついたことを書き始めたいと思います。ヨロシクです。

6年前の今頃

Feb 08,2008
アミィは2002年の1月14日に私のお家にやってきました。この頃はあまりデジカメで撮影をする習慣もあまりなく、時々撮るぐらいでした。
その頃のアミィの写真をさがしてみました。あまりありませんが、それでも数枚ありました。うちに来て、5日目のアミィともう少し慣れた様子のアミィ。やんちゃで走り回っていました。ほんとうに大変でした。今は、懐かしく・・です。6才の今のアミィと基本は変わっていませんが、随分かしこくなりました。学習力もそこそこです。3ヶ月の頃のアミィをみてやってください。


dans mon île



Aug 27,2007
前回アンリ・サルバドールのことを書きましたが、今日なんとなく小野リサのCDを買おうとHMVに立ち寄ってみたところ。最初に飛び込んできたジャケットはDANS MON Îleの言葉がはいっていて、即それに決定しました。というのもアンリ・サルバドールでとっても気に入った曲がこのタイトルだったからです。
私が購入したCDはLa musique françaisese rencontre la Bossa Novaということで、シャンソンをボサノバタッチに歌われています。もちろんフランス語で。おとなの音楽というかんじで今回もCDに失敗はなくナイスでした。

ムッシュー・サルバドール



Jul 14,2007
数年前まで知りませんでした。フランスバカ失格です。
テレビフランス語講座のコーナーでジャズを素敵に歌う歌手が紹介されました。そのときはサルバドールおじさん、と記憶に残りました。最近はパリに行けるチャンスもないので、fnacのフランスサイトでCDを買わなければな、と思いながら数年たちました。
そして、つい先日また同じ番組の音楽コーナーでサルバドールが紹介され、歌っているDans mon ileにとっても惹かれました。さっそくGoogleで検索をかけると、AmazonでもCDを買う事ができるようでした(お店でも)。
とりあえず、「CHAMBRE AVEC VUE」を注文。すぐに届きました。ワクワクした気分でCDをかけると・・もう、納得。素敵です。もうすぐ90才になるミュージシャン、サルバドール。魅力あふれる歌声です。

ノミの市・クリニャンクール

Apr 24,2007
初めてのパリでアンティークで出会いました。まず最初にでかけたのがクリニャンクール。1度目はあまりにも広すぎて、どのあたりがジャンクでどのあたりが本物のアンティークかよくわかりませんでしたが、パリに行くたびに訪れているうちにわかりました。メトロのしばらくのお店は無視し、高架もぬけて1本通りを越し、rue des Rosiersまでいきます。この通りにでると右手に細い路地への入り口をいくつかみつけることができます。これを入ってみましょう。そこはVernaisonといわれるエリアで、本物の高価なものから可愛いボタンなど、楽しいものがたくさんあります。細い路地を歩くだけで楽しいものです。私がずいぶん昔にサビニャックのポスターに出会ったのもこのエリアです。このエリアでモノの見方がわかってきたころに、となりのエリアBironへ行ってみるのもいいですね。バカラや本物がいっぱいです。もちろん高価ですが、よくみれば買えるものもみつかります。そして、看板犬の多いのにはうれしくなります。Bironをあとにして、もう少しRue des Roisiersを進むと左手にPaul Bert。このあたりも見て歩くのも楽しいです。私自身、いまは熱は?さめてますがアンティークにはまった時期がありました。パリでもロンドンでも京都でも市と聞くと足を運び勉強もかねて、本物をみにいっていました。そして、惚れてしまったものをゲットし幸せな気分になっていました。懐かしいです。ノミの市、一度といわず2度3度いってみるのもわるくないですね。

小さな四つ星ホテルでの出来事はなかったけれど



Apr 03,2007
見てみたい!そう思っていた映画、「PARIS JE T'AIME」をやっとみてきました。パリ好きには本当に素敵な映画でした。短編が5分でおわり、次のシーンに移行しますので、ストーリーに入り込もうと気持ちが入った瞬間に「次いってみよー」でしたので、ときどきもう少しみたいなあ・・と思えるお話もいくつかありました。パリは観光の街、旅行者も多く登場しました。残念ながらおしゃれなパリらしいホテルは登場しなくて私としてはもうひとつ、そういうお話が欲しい感じもしました。
アメリカ人の女性一人旅の短編は興味深く聞いてみていました。無茶苦茶英語なまりのフランス語でしたが、非常に私がわかるレベルでしたし、一人旅を何度かしている私としてはよくわかる気分にもなりました。そして、大事なシーンのその監督がいいたいことも、私が感じたことのある心境そのものでした。これは外国でたったひとりぼっちでいると感じることができる気持ちかもしれません。ちょっと涙が出そうになりました。
5分に凝縮した人間模様素敵ですよ。パリに興味のない方にはちょっと退屈かもしれませんが・・・

遠いparis、近いparis.



Apr 01,2007
何年か前のお写真です。サンシュルピスの教会にちかくにあった、ELLEのお店のウインドウです。このウインドウは何度が写真にとっています。このときは全体が面白かったので、私も入れてもらってとりました。飛行機の苦手な私が2000年前後はなんとなくクリアしてパリまでいけていました。最後のほうはギリギリセーフっぽかったですが。やはりパリは遠いです。飛行機が平気にな人にとっては問題ない距離ですね。私は日増しに遠く感じています。ここ数日体調をくずしていましたが、それが飛行機によったときの感じににていたので、おもわず「パリは遠い」って、思いました。でもまたあの町にいって美味しいひとときと、ほんとうに美味しいものをいただきたいなあ・・。

最後の日本公演


Feb 15,2007
私が小学生の頃、シャンソンやカンツォーネが流行りました。シャンソン歌手の名前も姉の影響でわりと知っている方だったと思います。エディット・ピアフ、イヴ・モンタン、アダモ、バルバラ、ジュリエット・グレコ、ミレーユ・マチュー、そして今年82才現役のシャルル・アズナブール。日本では最後となるさよならコンサートに行ってきました。久しぶりのフェスティバルホール。会場は年齢層がとても高く、昔からのファンの方達がいるのだろうなあ・・と感じました。82才という年令もあって、そんなに期待せずに聴きに行ったのですが,私の予想ははずれ、シャルル・アズナブールはプロ中のプロ、感動的な歌いっぷりでした。歌声に聴き惚れ、最後はスタンディングオベーションで幕がおりました。子供の頃に聴いていた曲も聴け、大満足のコンサートでした。やっぱり本物はすごい。

12月という月

Dec 31,2006
フリーとなって2度目の12月。無理をしない・・を、心に思い毎日やってきました。今も以前勤めていた会社に出勤していく私ですが、こころもち自由。仕事の締め切りはありますので、ある一つの仕事に追われる事は今も変わっていませんが、私が行動を開始するのは午後になってから。やはり、こころもち自由。ほぼこの1年その行動パターンでした。経済的にはけっして豊かではなくなりましたが、「こころもち自由」が勝っています。
毎年でかけていたパリ、ご無沙汰してしまっています。いつものホテルのフランソワはどうしているだろう・・何度もでかけるうち冬のパリも好きになりました。一人で出掛けるパリは寂しさと自由が背中合わせにいつもありました・・私の場合。大晦日に一人でパリのホテルの一室で過したこともあります。窓の外から聞こえる爆竹の音等を聞きながら、自分を考えたりしました。ずっと仕事に追われていたからか,パリではホッとしたりもしました。
今の私は毎日家にかえってはホッとしている気がします。私にとって12月は1年をふりかえる時。今よりもっと自分らしく生きることを模索したいと、本当に思います。

je suis comme je suis

Nov 04,2006
ネットで知り合ったフランス音楽にくわしいお友達に新しいCDの情報をいただきました。フランスでは知らない人がいないくらいに有名な詩人ジャック・プレベールの詩による歌が26曲入っています。有名どころでは「枯葉」など。そして、このCDがを聴くにあたって意識したい方が高畑勲さんです。高畑さんは「アルプスの少女ハイジ」などの演出家でもあります。ジャック・プレベールの「ことばたち」も訳されています。高畑さんはジャックの演出した「王様と鳥」などに強く惹かれるものがあったと述べられていたのを聞いた事があります。今回のこのCDの選曲も訳詞も高畑さんです。長年シャンソンをクラスで習ってきて、たくさんの歌詞を訳させてもらった私にはとても大切な資料にもなりそうです。フランス語を勉強されている方にもきっといいと思います。曲はi-podでパリの街を散歩しながら聴くと一段といいことでしょう。日本人の感じるところのシャンソンがこのCDにはあります。

1983年10月末〜11月のパリ


Oct 29,2006
初めてパリに行く事を決めてから、5年勤めていた会社を辞めました。そしてコピーライターの友人と小さいデザイン会社をスタートさせました。その友人との最初の約束が秋にパリに行く了解を得ていた事。我流でフランス語も始めてみました。せいぜいあいさつとか数字を覚えるくらいでしたが、旅行では若干役にたちました。最初のパリは10月末から11月にかけて、枯葉舞うパリでした。緊張したままの散策でしたが、どこへ行っても新鮮で心のどこかでは次にまたゆっくり来よう・・そう考えていました。なので、そんなにどん欲に動き回らず初めての蚤の市とか、ムフタール通りの散歩等は印象に残りました。それにしてもカフェばかりはいっていた私です。それは今も変わらず。

アラブ世界研究所

Oct 16, 2006
80年代に私のパリへの旅行が始まりました。初めて行ったときはバスでの半日観光に参加しました。このときに主な建物、広場、などさらっと一巡したのが正解でした。その後も色々な所へ訪れてみました。なかでも早くから行くつもりが、なかなかチャンスがなかったのが「アラブ世界研究所」。行ってみたら休館日だったり・・やっと7年ほど前に行く事が出来ました。
総ガラス張りの外観はとても素敵です。中も光が溢れとても創造的。そして、発見は屋上にもありました。レストラン&カフェもあり、私はランチを楽しみました。食後に屋上からノートルダム寺院など素敵なパリの街を眺める事ができます。


個展真っ最中

Sep 20, 2006
9月14日から個展が始まりました。初日、少しの緊張はあったものの楽しく過ごすことができました。大手通という通りに面して立つ小さなギャラリー。通りすがりに入ってみてくれる方や、このギャラリーに通い慣れている風の方など私が退屈することなく、来訪者を待つことができています。土曜日、祝日はたくさんの人がきてくださいました。アミィのおかげでたくさんのワンコ達もギャラリーに登場です。フランス語の先生が外国のお友達も連れて来てくださったり、私の切り絵文字はたくさんの人に見つめていただいています。22日まで少し仕事もしながらですが、なるべくギャラリーにいてみなさんをお待ちしたいと思います。

アトリエでの時間

Aug 31, 2006
9月に個展を開くと決めたのは春の事でした。6月にオフィスからアトリエ的空間のお部屋に引っ越し、それからスパートをかけていくつもりでしたが、私はけっこうのんびりし過ぎ。案内状を作ったりするグラフィックは、早い時期に準備をしていましたが、作品作りは気分が集中しないとなかなか出来ず、毎日すこしノルマを決めて作ってきました。でも、なんとか先が見えてきました。もう一息です。

ギンガムチェック

Aug 12, 2006
考えてみると私のギンガムチェック好きは、随分と昔から始まっています。小学生のときコーディネートを考えるのが好きな子供でした。おうちに白と黒のギンガムチェックの布を見つけて、ノースリーブの腰丈のブラウスを縫いました。中学1年生の時、家庭科で縫ったパジャマも空色のギンガムチェック。そのパジャマは私が30才を越えてもまだ着ていました。そして、赤、黒のギンガムチェックのワンピース、キッチンで使うふきんもギンガムチェック。大阪に出てきて最初に作ったカーテンも紺色のギンガムチェックでした。
今回アトリエにボンヌママンのビンをキッチンコーナーにアクセントで持って行くことに決めていました。もちろんボンヌママンのジャムのビンの蓋は赤のギンガムチェック。それが基本となってカーテンも赤のギンガムチェックにしました。赤がポイントカラーのちょっぴり可愛いアトリエとなりつつあります。というわけで、私とギンガムチェックの関わりはこれからも続きそう。
今日の私のファッションは白のプティTシャツにすみれ色のギンガムチェックのサブリナパンツです。

パリにはいないセミ

Jul 26. 2006
私のうちは公園の真ん前にあります。なので、夏の朝はセミの鳴き声で始まります。大合唱です。異常繁殖していると聞いたこともあります。昔も都会にセミはこんなにいたのでしょうか?ところで、つい最近知ったことなのですが、フランスではプロヴァンスにしかセミがいないそうです。お土産ものにはセミの焼き物などもあるそうな。
私の記憶ではパリの街でセミのなく声を聞いたことはありません。広い公園がたくさんあるパリに、もしセミがいたら、すご〜くうるさいでしょうね。

ボサノバ

Jul 06, 2006
あるサイトで気になるボサノバのCDを見つけてしまいました。ミュージシャンの名前はnaomi&goro。新しいCDタイトルはP.S. I FORGOT。このCDへコメントを書いている人に、GONTITIや山弦というギターの名手がいることにも私のアンテナはピンとたちました。
早速amzaonで購入し、今日到着しました。ぜんぜん知らないミュージシャンだっただけにちょっとワクワク。そして私の期待を裏切らず、とっても心地いいサウンドだったのでした。

デンマークのデニッシュ

Jun26,2006
デンマークでのある朝、ホテルで朝食をとらず街にでました。街のパン屋をみつけて朝食をとるのも私の楽しみのひとつ。すぐに一軒みつけました。店内はたくさんの人でいっぱい。並んでパンを買っているようでした。デンマーク語はさっぱりわかりません。頭の中は???
そのうちにレジの後ろの絶えず変わる数字に気がつきました。入り口あたりをよくみると番号札の出る小さな機械がそこにありました。「あっ、そうか銀行みたいにネ」しばらく待ってやっと、デンマークのデニッシュとコーヒー、オレンジジュース、ミルクを買うことができました。その街のパン屋さんには何かしら特長があって、そこで朝食やおやつタイムを過ごすことも私は好きです♪

レジ係のラブくん

Jun 05, 2006
オランダ、アムステルダムから電車で20分くらいの港から近い倉庫群のエリアに、目指すインテリアショップはありました。おそらく観光客は来ることはないとか思われます。駅からはたいへん不便でした。地元の人たちは車で行くのでしょう。
北欧の家具等とても興味があったので私は行ってみました。とても広くて空間も洗練され、家具は世界中のモノが揃っていました。そして、そんななか最初から最後迄気になって仕方なかったのは、レジカウンターのそばでずっと気持ち良さそうに眠るラブラドールでした。レジ担当の方のラブちゃんだと思われます。自分の犬を仕事場に連れて来ることができるナイスな場面に遭遇できて、幸せ気分になったことを覚えています。

ベルナシオンのエクレア



May 27, 2006
リヨンに行った時のことです。いつものように到着してから市街地のマップを買いました。私が泊まったホテルは旧市街地。そこは細い路地で構成されていて古いヨーロッパを感じました。橋を渡ってメインストリートのある街にも行ってみました。そこで、わたしにとってはうれしい出会いがありました。美味しそうなチョコレートが目に入り、惹き込まれるように店内へ。色々なチョコレートはもちろん気になりましたが、こちらはおみやげに買い物をしました。私は店内で食べられる、エクレアをいただくことにしました。そのエクレア!絶品でした。今迄食べたエクレアの中ではベルナシオンのがベスト1(私の中では)。それ以来どこに行ってもまずエクレアを食べるようにになった私です。パリではLa Maison du chocolatのエクレアも大好きです。

オリジナル料理

May 15, 2006
このところ、料理に積極的でないので反省です。今よりワインを飲んでいたころ料理をつくることも楽しんでいました。欲しい材料もハーブなどもせいぜい百貨店でしか手に入らない頃でした。バジル等もそうです。パリ等のレストランで食べた記憶をたよりに自分流にアレンジ。それはそれは楽しいものです。まだデジカメがないころ、美味しそうにできると私はまず写真を撮っていました。レシピをつくろうかな・・などと思っていましたが、作り方はその時しかわからない料理です。
そろそろぼちぼち楽しい一皿をつくってみようかな♪



08/04/25

ボール大好き!

May 06, 2006
天気がとってもよくて暑いくらいだったので、アミィとの散歩は夕方5時ころからでかけました。アミィの好きな難波宮跡公園に。このところ草むらに行っては毎日のようにボールを発見しているアミィ。今日も例外ではありませんでした。だいたいボールが隠れているエリアをアミィは把握しているように思えます。まず1個ゲット、口にくわえて離しません。しばらくしてまた1個発見、またまたゲット。そしてなんと今日は3個目も匂いでかぎあてました。今度はリードをひっぱりアミィをあきらめさせました。1個は自分でくわえ離さず、もう一つは私がバッグに持ちました。もうこうなったら散歩になりません。時々ボールをとりあげ、投げて走らせる。だいたいはクローバーの花にうもれてボールと戯れるアミィでした♪


春のパレ・ロワイヤル


Apr 27, 2006
季節の顔を色々みせてくれるパレ・ロワイヤル。冬も素敵ですが春から初夏にかけての新緑がまぶしいほど綺麗です。ゆったりベンチにかけて風をかんじてぼんやりするにかぎります。
左岸に滞在する私は右岸にぶらっとくる、ということはありませんが、パレ・ロワイヤルを目指して散歩のためにバスに乗ってやってきます。ダニエル・ビュランのストライプの空間をぬけて回廊を通り、しばしお店のウィンドウをのぞき、そしてベンチのある中庭へ。ここも私がパリに来たことを感じる空間です。

パリの朝の楽しみ

Apr 20, 2006
パリには色々なホテルがたくさんあります。私がリピーターになったホテルのうちの一つ、モンタランベールはある小さな記事で知りました。香港のグラフィックデザイナー、Mr.アラン・チャンがお勧めのホテルとしてこのホテルをあげていました。当時私はアラン・チャンのデザインに洗練されたものを感じとても好きでした。そして彼自身にもたいへん興味を持っていましたので、まだメールの普及していない時代、早速予約のFAXを流しました。
パリ7区、メトロのRue de Bacから近い小さな通りMontalenbertにそのホテルはありました。ホテルにはいった瞬間、「あっ、ここは好き」そんな印象でした。部屋はモダンタイプとクラシックタイプがあります。何度が訪れることで両方体験してみて、私はモダンを選ぶ様になりました。
このホテルのプティ・デジュネのパンはとっても可愛いのが特長の時期がありました。普通のサイズより小さく、カタチはいっちょまえ。毎朝楽しみ、写真も撮ったりしていた私です。この写真のクロワッサンがウルトラマンに見えるのは私だけ?


春、モネの庭

Apr 13, 2006
4月に訪れたジベルニーは肌寒かったけれど、絵画で何度も見ている景色がそこにひろがり私に素敵な感覚を与えてくれました。モネが最後迄愛した庭には花が咲き、蔦がからまり、そして池があり橋がかかっていました。綺麗な緑の太鼓橋。建物の中の浮世絵のコレクションもぴったりコーディネートされていました。
ジベルニーを訪れる前にパリのオランジュリー美術館、マルモッタン美術館などで、とくにモネの蓮池の大きな絵を何度もみていました。そして、ジベルニーからもどって、またオランジュリーを訪れてみました。私は絵を自然に受け入れ、そこには感動に似たモノを感じることができました。

アミィといっしょ


Apr 04, 2006
パピーのころから留守番を余儀なくされてきたアミィ。幸い仕事場が近いのでアミィの様子をみにおうちに帰ることはできました。メゾネットタイプのおうちに住んでいた頃、私が帰宅するとソファあたりにアミィの姿はなく不安を覚えて、耳を澄ますと「ク〜ンク〜ン」2階から聞こえてくる泣き声はまぎれもなくアミィでした。階段はアミィにはとても昇れる高さではないし、何よりも単なる板が並んだようなデザインの階段、どう考えても危ない!私を探して必死に階段を上ったアミィ、一生忘れることのない出来事です。
最近、午前中はアミィと過ごす様にしています。急ぎがないときに限り午後から仕事にでます。そのぶん遅く帰ったりしますが、ぼんやりアミィと過ごす明るい午前中はとっても贅沢な時間です

アムステルダムのあるデザイン事務所

Mar 27, 2006
私はグラフィックデザイナーです。とくにタイポグラフィを駆使したデザインが好きです。世界のデザイナーの作品をみるにつけ、「これは好きだなあ」と、思えるものにオランダのものがとても多く、一度オランダに行ってみたいと思う様になりました。そして、でかけたのはもうすでに10年以上はたちました。街を単にあるくだけでは気がつきませんが、サインや目にするポスターにはやはり写真ではなく、タイポを主体としたデザインを多くみることができました。
このチャンスにオランダのデザイン事務所を訪問したいと行く前から漠然と考えていて、年鑑ものに紹介されているプロダクションの電話番号だけひかえていきました。そして、思い切って電話をしてみると、相手はなんと日本の方だったのです。事務所訪問は快く承諾いただき見学させていただきました。
ディック・ブルーナのお仕事や、日本のハウステンボスのお仕事をされていてとてもいい刺激になったことを思い出します。


猫を探せ

Mar 21, 2006
「猫を探せ」というフランス映画を98年頃に見ました。その映画の中にPAUSE CAFEという名のカフェががよく登場します。友人と待ち合わせ時間迄2時間ばかりあったので、そのPAUSE CAFEを探してみようと思いたちました。たしか、バスチーユ。
Rue de FeubourgあたりをPARIS PRATIQUEマップを持って右往左往していると、ショップの中からマダムが声をかけてくださりました。私は遠慮なく「Vous connaissez le PAUSE CAFE?」「Oui」その後マダムは丁寧にマップを見ながら教えてくれました。ラッキー。比較的私はパリでイヤな目には会ってない方かもしれません。
ほぼ、だいたい分かった私は道なりに歩いていきました。途中気になる景色もありましたが、とりあえずポーズ・カフェ。無事到着。
とくに特長のあるカフェと言う訳ではありませんでしたが、私はとりあえず達成感を味わえました。オレンジーナを飲んで先ほどの気になる場所に寄って帰ることにしました。その路地はRue de Charonne沿いにあったと思うのですが記憶が定かではありません。蔦のからまる静かな路地。時間があればゆっくり散策したい風景でした。また、いつか。路地を探せ。


マンダリン・オリエンタル

Mar 08, 2006
パリ以外に数回リピターとなっている街は、香港です。最初の香港はおそらく20年はたっているでしょうか。その当時好きだったエッセイストのお勧めのホテルがマンダリン・オリエンタルでした。その彼の感性を信じてペニンシュラはさけて、セントラルにあるそのホテルに決めて香港に入りました。リムジンでのお出迎え。そして、ホテル到着後もホテルマンの接客の印象もよく、パリではプティホテル派の私も、香港では大型贅沢ホテル志向となってしまいました。そういうわけで、ちょっと余裕のある時にしか行けません。
香港での主な目的は食べること。美味しい烏龍茶を飲むこと、町の中にある食堂においているパンを食べること、お粥を何種類か食べること、そしてアジアの骨董を見て歩くこと。
中国に返還されてからはまだ一度も訪れていないのですが、印象はそのままなのでしょうか?ちょっと気になるところです。

ボルドー赤ワイン

Mar 03, 2006
残念ながら赤ワインが私の体質に合わないことが判明して以来、すっかり白ワインを少量楽しんでいますが、やはり赤は気になる存在でもあります。ボルドーを訪れたときはChâteau Mouton-Rothschildなどにも行ってみました。そして私たちが試飲を楽しんだのはMar Château Croizet-Bages。続けて違うタイプを口の中だけで試してみると、本当に違いがわかります。
ボルドーでは現在もっとも重要な葡萄の品種は5種類。
●カベルネ・ソーヴィニヨン
この葡萄から生まれるワインはとっても深くて艶やかな赤の色、タンニンが多い。
●カベルネ・フラン
カベルネ・ソーヴィニヨンに比べて色が薄くタンニンが少ない、基本的にはよく似ている。
●メルロ
カベルネ・ソーヴィニヨンに比べてタンニンが少なくアルコール度が高く風味豊か。
●マルベック
カベルネ・ソーヴィニヨンのようなタンニンの強い品種とブレンドするのに向いている。
●プティ・ヴェルド
アルコール度が高く、タンニンが強い。
サヴィニャックの絵のラベルのMouton-Rothschildを1本保管しています。私はいつになったらこれを飲めるのでしょうか・・


ボルドーワイン

Feb 25, 2006
ワインを比較的楽しむようになったのは、やはりフランスに旅行をかさねるようになったからだと思います。もともとお酒は残念ながらあまり飲めません。それでもパリにいるときなど、ランチからグラスいっぱいのワインを一人でもいただきます。不思議とワインがないのは不自然なのです。
フランス語を習っている方達といっしょに数カ所フランスのワインどころを巡ったことがあります。ボルドー、ブルゴーニュ、アルザス、トゥールーズでもカーヴを訪問しました。最初に覚えた地方名はsaint-émilion。日本のワインショップでたった1本を選ぶ時の私の基準はサンテミリオンでした。15〜6年前でしょうか日本でもワインを楽しむ人が少しずつ増え小さなワインの会などにも参加させていただきました。たいへん参考になりましたが、今はほどほどに美味しければうんちくなしがいいですね。
写真はボルドー駅とサンテミリオンのワイン畑。

パッサージュ


Feb 18, 2006
パリで滞在中は右岸より左岸で散歩をすることが多い私ですが、それでもお気に入りは右岸にもたくさんあります。パリは何度通ってもガイドブックなしの私の散歩。唯一バッグにしのばせているのはPARIS PRATIQUEの最新版。いつも行くパレロワイヤルでさえ偶然にみつけました。そして続いて綺麗なパッサージュを発見。パリには19世紀前半にとても流行ったというパッサージュがけっこうあります。私が行ったことがあるのは数カ所ですが、それぞれ趣がちがい楽しめます。
パレロワイヤルを抜けて右に進むとギャルリー・ヴィヴィエンヌとギャルリー・コルベールがあります。比較的近年に復興されたので光もあふれ私は好き。カフェもありここでゆっくり過ごす時間も自分がどこにいるのか忘れそうな一時です。

un café


Feb 12, 2006
パリでの楽しみのひとつはカフェでのひと時だと思えます。少なくとも私はそうです。たくさん歩き回るはめになり、やはりめぼしいところで一休み。初めてのパリでもそうでした。ウルトラマンのように3分で切れることはありませんが、そのくらいウルトラウーマンに私はなります。カフェは一人でいっても過ごせるところですから、つい。「un café s'il vous plaît」
80年代のような贅沢な旅行はできませんが、またいつもの6区のホテルにとまりホテルマンのフランソワーズとあいさつをかわし、近くのFnacに行ってCDの試聴をいっぱいして、のんびりと散歩をしたり映画に行ったり友達にあったり美味しいエクレアをほおばりながら、ウィンドウショッピングもしたいものです。すぐにアミィに会いたくなるに決まっていますが・・・
最近ネットなどをしながら聴く曲はとっても好きなジャック・タチの映画音楽のリミックスバージョンです。タチ好きなら聴いて欲しい1枚。

Buci市場


Feb 05, 2006
パリでの定宿がなんとなく決まるまでは、☆3つか4つのプティホテルを色々ためしに泊まっていた時期があります。その中でも場所的におもしろい気がして選んだホテルはBuci通りにありました。各部屋がデザイナーがちがい色々なタイプのあるこじんまりとしたお洒落なホテルでした。
メトロMabilloneからすぐ近くのBuci通りには左岸でも活気のある市場があります。朝8時から昼1時、4時から夜7時までの営業です。この時間帯にあえて行ってみるのも楽しいと思います。買い物をする人でいっぱい。果物屋でリンゴ1個を買って買い物をした気分になり、人々にとけ込んだ気分にもなります。私はカメラをかまえて写真を撮っていますから、どこからみても観光客ですが。花屋さんも街にあるお洒落な雰囲気ではないけれど、種類も豊富で値段も手頃で生活の必需品感覚でお店は存在します。活気溢れる市場にはパリの顔があります。

雑誌の表紙


Jan 18, 2006
メトロの入り口あたりや、大通りの一角で雑誌や新聞等を売るキオスクをよく見かけます。私自身は時々マップを新しく買ったりします。初めてパリに行った時も最初の買い物はキオスクでした。雑誌の多さにはそんなに驚くことはありませんが、その並べた様子が一つの景色になっています。表紙等とくにパリはモードの街、ファッション雑誌などにはやはり目がいきます。どの海外の街よりパリはモード雑誌の似合う街だと思います。モデル撮影などをしている光景にも何度も遭遇したことがあります。そういうことも非常に日常的に行われていて、「パリだなあ」などと思ったりします。

女友達


Jan 15, 2006
私が今、気にかけたり心配したりしている女友達が一人います。彼女はパリで一人で暮らしています。仕事は私と同じグラフィックデザイナー。彼女と知り合ったのは10年近く前フランス語を習いにいったクラスで机を並べていました。正確には私が前で、彼女はいつも私のすぐ後ろでした。チック・コリアのピアノが好きなの・・そう言ってわたしにカセットテープを貸してくれて、そのころよりフィーリングが合うのを感じていました。
フランスに行っての彼女の生活は色々変わりましたが、彼女の持ち前の明るさやなかなかしっかりしているところなどは磨きがかかって、私には頼もしい女友達になっています。年令はなんと19才も離れていますが、そういうことは何も感じません。貴重な女友達はほんとうに宝物です。

café


Jan 09, 2006
はじめてのパリは、どこがどうだか何も分かりませんでした。少しフランス語を勉強した時に知り合った方の紹介でパリ大学院生の方を知ることができ、幸いその方にメトロの乗り方や行き先の確認の仕方を教えていただいたり、サントノーレの高級ブティックにも連れて行ってもらったり、そして蚤の市での楽しいひと時も彼女のおかげで私は随分パリのいいとこどりを出来たと思います。最初に感じたパリのニュアンスもよく、けっきょくリピータになりました。
疲れやすい私はしょっちゅうカフェでコーヒータイムをとりました。その彼女ともとてもお話がはずみました。左岸では有名なドゥ・マゴとカフェ・フルールは私の好きな本屋を挟んで並んでいます。けっして2軒ともお安くはありませんが、それでも最初はいってみるのもいいと、いまでも思っています。1杯のコーヒーでお話を楽しむのにその雰囲気はぴったりです。

アミィとの1年


Dec 29, 2005
子供の頃の1年は、ほんとうに長く、行事もたくさんありその時々の写真もあり、大人になってふりかえっても毎年充実していたような気がします。社会人になり年令も高くなると、なぜか日々静かな風のように吹いては止み、過ぎて行きます。
アミィと暮らすようになって2006年の1月中旬に、まる4年を迎えます。手のひらに乗った小さい小さい子犬だったアミィは抱き上げるのもたいへんなくらい大きく成長しました。1年はあっという間なのですが、アミィとの4年はけっこう長く感じます。初めて川で泳いだこと、初めてトリミングにいった時のこと、病院にかけこんだこと、夜中に二人で散歩したこと、ウェスティのオフ会に参加した時のこと。思い出をたくさんつくりながら日々過ごしています。確実にアミィに助けられながら今の私は存在します。アミィとの生活を大事にしながら暮らして行こうと思います。

クリスマス


Dec 25, 2005
1度クリスマスに一人でパリにいたことがあります。ブティックも休み、美術館も休み、グレーの空の下、心から一人であることを感じました。ホテルの自分の部屋にもどりテレビをつけると、ノートルダム寺院からの中継映像、ミサが行われていました。やはり、パリではクリスマスにはおうちで静かに過ごすのがよさそうでした。
12月、街はいつもに増してとても綺麗です。クリスマスイルミネーションも芸術的で冬のパリもとても好き。

足を止めるウィンドウ

Dec 17, 2005
海外の街を散歩をすると、なんとなくウィンドウショッピングを楽しみます。思わずシャッターをおすこともしばしばです。8年ほど前、オランダのアムステルダムで宿泊した後、列車で移動したベルギーのアントワープで滞在し、日帰りでブリュッセルに行ったことがあります。クリスマスのころでウィンドウもデコレーションがシックで綺麗でした。テディベアのお店の前で思わず足を止め、暖かい雰囲気をとても感じ写真におさめました。アントワープの後、パリ北駅に入りいつもの6区でこの時の冬も新年を迎えました。

パリのギターショップ


Nov 27, 2005
小さい頃から音楽がすきでした。歌うことも、楽器を弾くことも。なかでも特にピアノとギターがとっても好き。高校生のころにギターを弾きながら歌うことに一生懸命になりました。懐かしい青春の思い出です。そのギターの魅力にあらためて気づいたのは大の大人になってから。パリでウィンドウショッッピングを楽しむ時も、ついギターショップで足がとまります。フランスではアメリカのMARTINではなく、日本のTAKAMINEのギターが人気だったりします。パリ9区、メトロのBlancheで降りてDouai通り辺りで散歩をすると、ギター専門店がたくさんあります。私も何度かウロウロとしたことがあります。つい、パリにいることを忘れそうになりました。へたなりにちょっとギターを弾かせてもらうと、ショップオーナーさんはちょっと優しくなります。そんな楽しいひと時を過ごしたこともいい思い出です。

パリのバス


Nov 13, 2005
パリのメトロはたいへん便利です。ただ乗り換えるstationが大きなstationだと、とんでもなく歩かなければいけないことになったりします。私は何度かパリを訪れ景色になれてきた頃からバスを利用しています。これがとても便利。ひんぱんにバスはやってくるし、乗れば景色も楽しめるしバスはお勧めです。いつも滞在するホテルは左岸にあるのですが、右岸に移動するときなどもバスをつかいます。セーヌを渡り、ルーブルを眺めいい感じです。
自分が良く利用するバスの場号を覚えて乗るのもいいし。バスにもどこを通過するかが表示されています。目的もなく乗ってみて、迷ったらメトロのstationを見つけて自分のいる場所を把握すればちゃんとホテルにも戻れます。バスで回るパリ。

キャンプ スヌーピー


Nov 03, 2005
私のつくる貼り絵文字のアートワークでお知り合いになった、Mr.ジョナサンに招かれカリフォルニアに行ってきました。目的はある会合に参加することです。その他に行きたいところがありますか?と聞かれて、即答したのが「ナッツ・ベリーファーム」。
私がスヌーピーと作者であるシュルツさんを好きになったのは、とてもおそく20代のことです。色々知って行く過程でナッツ・ベリーファームにキャンプ・スヌーピーがあることを知り、漠然といつか行きたいと思っていました。それからほぼ25年。キャンプ・スヌーピーに本当に行くこととなりました。
入り口をはいるころはけっこうワクワク!キャンプ・スヌーピーで着ぐるみのスヌーピーを発見!子供達が記念撮影をするなか、大の大人の私も列に並び、スヌーピーとの2ショット実現となりました。
今回私が思ったことは、ほんとうに思い続けると実現することもあるのだなあ・・ということです。スヌーピーにちゅ〜っとキッスをされた私はノックアウトです

ホテルの部屋

Oct 17, 2005
パリの小さなホテル。到着をして比較的最初にすることは部屋に飾る花を買うことです。それからお水も最初に買います。何度も利用しているホテルに泊まると、少し気取って言うと自分のおうちに帰ってきた、という感じが少しあります。だから花を飾りたくなるのかもしれません。この写真のチューリップはアムステルダムで買って、列車でパリ入りしたときのものです。まずチェックインをして、そのときに花瓶をかりました。
この部屋にいつか気軽にアミィと行けるといいのですが

ニースの空


Oct 01, 2005
イギリス経由でニースに入った私はもうフラフラでした。そのころは飛行機は乗るだけで気分がわるくなってしまうという最悪の相性でした。それでも、行きたい国にはでかけたい・・・
空港からのタクシーも早くホテルに着くことを願いつつ、綺麗であろう景色をぼんやり車窓からながめていました。着いたホテルは岩山にへばりつくような造りになっていて、自分の部屋に行くためにエレベーターを乗り換える・・私は自分の部屋にたどり着く前にどこかのフロアーのトイレに直行したのでした。
このときはさすがにドクターをお願いしました。優しい女医さんでした。このころはまだあまりフランス語もつかえず、どうやって症状を伝えたのか覚えていません。先生の処方箋がよかったのか丸1日寝込んでやっとなんとか元気に太陽の素敵なニースの海岸の散歩に出掛けることが出来ました。
光に溢れていました。やっと元気になって活動開始。ちょうど旧市街地で蚤の市をやっていて楽しんだことを覚えています。
そんな夜に捉えたニースの街の写真。私のベストショットの1枚です。空の色、街のにぎわいの灯り、海岸の不思議な色、ニースです。

アムステルダム


Sep 19, 2005
私がアムステルダムに行ってみたいと思ったのは、グラフィックやタイポグラフィの作品集で発見する私好みの作品は、オランダのデザイナーのものが多く、「一度オランダに行ってみなくっちゃ」と、思ったからでした。
ヨーロッパに行くのだから、やはり帰りはパリに寄りたいし、ということで関空〜スキポール空港間はもちろん飛行機で、そしてアムステルダム〜パリ北駅はヨーロッパラインの電車での移動にしました。
北ヨーロッパの街、私はまだアムステルダムとコペンハーゲンしか知りませんが、どちらも一見静かで地味でパリにある華やかさは感じませんでした。けれど、一歩中に入り込んでみると、そこにはモダンな空間があったりします。やはり一歩入らないと魅力は分からないかもしれません。
それでもアムステルダムの中心地にある花市でみたチューリップの花の綺麗なこと!色も様々、そして力強く花には土がついていました。一束40本数百円で買って、パリのホテルのマダムに20本、10本はパリで会うお友達に、そして残りの10本は自分のホテルの部屋に飾りました。花が生活に密着しているヨーロッパを感じました。

ダニエル・ビュランのストライプ


Aug 30, 2005

パリ、パレ・ロワイヤルにあるストライプの円柱。周りのクラシックなイメージととても不思議に存在して・・こういう感覚はパリではよく感じます。モダンとクラシックの融合・・と、言えばいいでしょうか。
ストライプの広場を作ったアーティストはダニエル・ビュラン。1965年の個展の時にストライプを登場させてから、彼の巾8.7cmの縦ストライプは80年代まで続きます。パレ・ロワイヤルの作品は1985年ころのこと。
近代ミュージアムで彼のストライプの作品をみたことがあります。シンプルで不思議な感じ。とても若々しさも感じましたが、ビュラン自身は30年代生まれのアーティストというのを知って、私にとっては驚きでした。
モダンミュージアム散歩も楽しいものです。絵を見て疲れたらミュージアムのカフェでコーヒーをいただくのも大好き。

タヒチへの空


Aug 12. 2005

パリやニューヨーク、ロンドン。世界の都会に何度となく旅行を重ねているとき、ふと南の島に行ってみたくなることがよくありました。ハワイ、マウイ島。フィジー、ニューカレドニア・・そのどこも文化もちがいゆったり過ごす時間はいっしょなのですが、それぞれの美しい景色の記憶も今なお鮮明です。
そして、南太平洋といえば、タヒチ。タヒチは日本からもとても遠い島でした。運悪く直行便がとれず、なんとハワイ経由での飛行機となりました。オアフ、ワイキキで1泊したのち、小さなハワイアンエアで、揺れながら野原にある飛行場に着きました。タクシー乗り場などなく、どうやって遠い村にあるホテルまで行くのだろう。と、思ったくらいです。なんとか1台確保して、鶏の横切る道を土ぼこりを上げながらただひたすらホテルへ。
到着したころはかなりクタクタの状態でしたが、美しい海のそばにたつコテージに案内されて、「やっと、タヒチに着いた〜!!」と、感じたことを思い出します。何も特別なものは要らない、のんびりする何もしない時間をあのヤシの木陰で過ごしてみたいものです。

week-end


Jul 31, 2005

私の週末、土曜日の午後にフランス語の学校へ行くこと以外は、おうちにいます。ショッピングに出掛けることもめっきり減りました。お洒落は大好きですが、洋服も最近はほんとうに買っていません。アミィのワン服は買いますが♪流行にはおそらく左右されていません。素材が新しい感覚のものだったりしますが、今まで買ったお気に入りでコーディネイトを適当に楽しんでいます。
アミィもちょっぴりワードローブが増えました。散歩はその日の気分で着せたり、着なかったり。アミィも服を着ることに慣れていて、自分から袖に足をとおします。また今度ご紹介したいな♪
アミィは日曜日が大好きのようです。お留守番ではない日。私も1日中そばにいるし、お友達が来たりするからです。
テレビの音楽番組が流れていたり、CDがかかったり、いつもより賑やかなアミィ's House。

ご飯を待つ犬


Jul 16, 2005
アミィの主食は手作りおじや。色々な野菜と白米・玄米をいっしょに炊いたものです。1才と10ヶ月まではカリカリのドッグフードを食べていましたが、あまり食欲もない感じで皮膚もかゆいようでよくポリポリとかいていました。
これではいけない!私には危機感がありました。同じウェスティのサイトで紹介されていたドッグおじやの本を購入して、手探りではじめたおじや。アミィは一番最初だけは半信半疑でしたが、すぐにガツガツ食べる様になりました。
今は、おじやが冷めるまで待つのが、たいへんがまんのしどころのようです。
「ご飯まだ〜?」

08/04/24

プティ・デジュネ


Jun 28. 2005

petit déjeunerはフランス語で朝食。直訳?すると小さい昼食。と、朝食の語源の話しは興味深いものがあります。私が初めてフランス語を教えていただいた先生は、大阪外国語大学の教授でもある小沢先生。時々、雑学的に話していただく内容もおもしろく、レッスンも適度な緊張感のなかで受講するこができました。
フランス語、単語や言葉は貴族から作り出されていました。貴族達は夜遅くまで、時間をかけてワインを楽しみながら夕食をたくさん食べていたらしく、朝は寝坊をしお昼ちかくにデジュネを食べていたそうです。朝食時間は寝ていた・・ということです。朝食という言葉はなくpetit déjeunerが朝食を表す言葉となった、というようなことだったと思います。
私はパリでいただくプティ・デジュネが大好きです。焼きたてのクロワッサンやブリオッシュ、そして濃いめのカフェオレ、濃いめの美味しいヨーグルト。毎朝が楽しみになります

ニュージーランド


Jun 24. 2005

今はまったくしていないスポーツですが、私にもゴルフの経験があります。初めてのゴルフはハワイ、オアフ島でのデビューでした。明くる年、マウイ島ではとても綺麗で手入れのいきとどいたゴルフ場でのゴルフを楽しみました。
その後、日本でのプレイにも自信がつき、時々男性陣にまじってプレイもしたことがあります。
そんな数えられる程度のゴルフ経験ですが、とても印象に残っているのがニュージーランド、クライストチャーチの街の中にあるゴルフ場でのプレイです。療養も兼ねて訪れていたクライストチャーチ。ホテルの真ん前が公園のようなゴルフ場。中年以上の人々も数本のアイアンを持ってプレイをしていました。
気軽にグリーンをさっさと歩いてまわるゴルフは、いい印象があります。と、いっても16年ほど前のお話です。このゴルフの後、私はウェスティにあったことを覚えています

テレビを聞く犬

Jun 19, 2005

お休みの午後、ネットをしている時等は音楽を聴きます。でも、今日は見たいドキュメント番組があったのでテレビをつけておきました。 そんななかアミィはお昼寝中。部屋の中を涼しい風が吹き抜けていました。のんびりとした昼下がりです。テレビの画面は野球になっていました。あれ?アミィ野球みてる?ってことないよね。アミィはテレビから聞こえる犬の吠える声には反応しますが、人間の映像にはほとんどしらんぷりです。でも、今日のアミィは野球観戦みたいだ・・寝転がって野球を見るおやじ犬、アミィです♪

パリの一戸建てのある小道



Jun 14. 2005

随分以前にでかけたパリ14区にあるCité Internationale Universitaire de Paris。学生寮と言うとちょっとちがいますが、色々な国からやってきている学生達が住んでいるようです。建物もお国柄がでたユニークな、建築的にいっておもしろいものが並んでいました。
そしてそのすぐそばにある公園がモンスーリ公園。そして素敵な小道Square de Montsourisがすぐそばにあります。ここはパリでも珍しく一戸建ての建物が軒を連ねています。いまでもそうらしいのですが、アーティストがアトリエとして住んでいるケースが多いとききました。日本人の画家、藤田画伯もここに住んでいたそうです。
パリにいることを忘れてしまいそうな雰囲気のこの小道はまたぶらりと出掛けてみたいところです。

Eero Saarinenの椅子とAmie。


Jun 08. 2005

2週間前にトリミングをしてもらったばかりのアミィ。相変わらず元気いっぱいです。私にとっては、そういうアミィが一番安心します。
ダイニングのすぐそばに置いているオレンジ色の椅子は、アメリカで50年代にユーロ・サーリネンによってデザインされた椅子です。この椅子の座り心地の良さを知ってか、アミィはよくこの椅子にジャンプします。「アミィ、散歩!」と言うと笑顔いっぱいになりこの椅子にジャンプし、首輪を待ちます。このうれしそうな顔は私にもたまりません。

Amieの小さな庭


Jun 05. 2005

アミィのお気に入りの場所、ベランダに作った小さな小さな芝生のスペース。アミィのための一応庭です。彼女はここから公園をながめるのが大好きです。そして、私はその後ろ姿が大好きです。
アミィの好きなことは食べること、寝ること、散歩すること、公園をながめること、以上が揃っていれば幸福のように思われます。もちろん私やお友達が来てくれるとその幸せは倍増するようです。
私はそのアミィに幸せ気分をもらえます。
今日も公園で遊ぶ人やワンコをながめていま

パリのホテル


Jun 03, 2005

外国の街に行ってどこに泊まるかによってその気分も感じ方が違います。
なるべくリラックスしたい、そしてその街らしさも味わいたい、条件も様々です。何度かパリに行くようになっていて、パリにおいて私にはプティ・ホテルが向いているのかもしれない・・と思いどこかお気に入りを見つけたいとホテルが紹介されている特集本を見ている頃、たまたま私が好きなグラフィックデザイナーであるアラン・チャンが、パリで好きなホテルとしてあげているホテルの名前に私は敏感に反応しました。
そのホテルは7区にあるHotel Montalembert。しばらく私の定宿となりました。モダンとクラシックがバランスよく混在しお洒落でほどよく品もあり、素敵なホテルです。私のお勧めのホテルの一つとなっています。アラン・チャンに感謝。
写真はホテルのレストランコーナーです

ディレクター・チェア


May 30. 2005

アウトドアにはほとんど縁のない私です。そんな私が時々参加する犬友達の戸外でのオフ会。琵琶湖などで集まるオフ会では、たいてい参加されるみなさんはテントやチェア、バーベキューのための道具などをお持ちになっています。もともとアウトドア派ではないけれど、犬達と外で遊び集まることをしていて自然に道具は揃っていった、と聞きました。
そこで借りるチェアが座り心地がよくそのカジュアル感もいいな、と思っていました。
ということで、おうちで外の雰囲気を味わえるベランダに、くつろぐコーナーを作ってみました。ディレクター・チェアはネットショッピングしました。
なかなか気分転換できるコーナーとなったかな?

いっしょに旅行

Mat 28, 2005

初めての海外旅行はパリでしたが、その後パリは何度もリピートする他に色々な街や自然のドキュメント感をあじわいたくて、出掛けられるチャンスは自分で作っていきました。
飛行機の苦手だった私が、大好きなスヌーピーを旅のお守りとして連れて行くようになったのはいつごろだったでしょうか・・
もうすでに彼のパスポートはスタンプでいっぱいだと思います。
撮った写真はホテルでくつろぐものがほとんどです。

身近にオートクチュール

May 24. 2005

パリでとても好きな場所のひとつ。それはPalais Royalパレ・ロワイヤルです。
6区にあるホテルに滞在する私は、右岸に行くことはあまりないのですが、それでもパレ・ロワイヤルへは必ずと言っていいほど立ち寄ります。中庭においてあるベンチでひと時を過ごし、回廊にあるお店のウィンドウショッピングをしたりします。
その中の一軒、ディディエ・ルドゥ。オートクチュールの古着のお店です。ここのウィンドウにも流行は反映されます。毎回素敵なワンピースやドレスを見ることができ、パリならではの気分を味わうこともできます。
私も随分前に3度ほどここでお気に入りに出会い買い物をしました。それは今でもお気に入り。

蚤の市


May 21, 2005

初めてのパリでは色々なモノに興味をもつことができました。
目に映るもの全てが私の心を弾ませました。
それまでほとんど知らなかったアンティークもその一つです。
とにかく世界で一番大きい蚤の市、Porte de Clingnancourt、18区にあるクリニャンクールへも行ってみました。メトロで4番ラインの終点です。
人もとても多く、緊張して行ったことを思い出します。
85番のバスに乗ってRue de Rosiersで下車するとアンティークエリアのど真ん中、という行き方もあったと思います。
初めて行った時はもちろん、そんなことは分からず、自分の好きなエリアを見つけるまでは数年かかりました。というのも私がほとんど地図以外のガイドブックを見ないという旅の方法だからかもしれません。
そして、ここでアンティークに興味を持ってから、日本でも京都の骨董市に行くようになりました。
パリのアンティークに触れて日本を再認識するようになったというわけです。
私自身の骨董マイブームは過ぎましたが、今でも時々蚤の市はでかけます。

トロカデロ広場の犬

May 17. 2005

最初はもちろん、北か南かもわからないパリの街。
到着したその日はとにかく半日観光のバスツアーに参加することにしました。
テレビや映画、写真でしかみたことのないパリの街、バスはコンコルド広場からシャンゼリゼ大通りをぬけて凱旋門へ。
ナポレオン三世橋、エッフェル塔、モンマルトルの丘、ルーブル。
主だった名所をまわってくれてとてもいい予習になりました。
エッフェル塔をバックに見ることができるトロカデロ広場では
自分の飼っている犬以外で初めて風景の中の犬の写真を撮りました。
低い視線で撮る写真はこのころからかもしれません。

初めてのparis。


May 16. 2005

初めてのparis。
その当時はオリンパスのコンパクトカメラを持って行きました。
街の会話や音をとりたくて録音のできるウォークマンも持っていったことを覚えています。
最初に撮った写真は信号やポスト、ドア、ショップのウィンドウなど。
今も大好きなマレ地区、ヴォージュ広場。
男の子の青いセーターとあかい髪が黄色の葉っぱの木にピッタリで、思わずシャターをきった一枚です。

22年前のパリ

May 14, 2005

私にとっての初めての外国の街はパリでした。
会社勤めから共同経営のデザイン事務所に変わったときも半年後にパリに行くことを決めていました。
5年間勤めた会社を止めるとき、漠然と言葉の通じない外国の街でぼんやりしてみたい、というのが最初の動機でした。
今のようにインターネットやメールでホテルなどを予約ができるわけもなく、旅行会社で10日間パリステイというプランをチョイスしたのでした。
当時パリへはアンカレッジ経由、オランダで給油というフライトがメジャーでした。大阪に住む私は伊丹から成田まで飛行機、その後20時間ちかい所用時間でクタクタでシャルル・ドゴール空港に到着したものでした。
シャルル・ドゴールはとてもモダンで、とても長い動く歩道もどこか宇宙的でした。建築物はその国のセンスがみえます。
それは今みてもモダン。そして,今も進化しています。
シャルル・ドゴール空港は1975年開港、ポール・アンドリュ設計のターミナル。
そのモダンな空港から石畳の街、パリに入るのはとても魅力的な出来事でした。
まだルーブルにはピラミッドもなく工事がはじまったくらいの頃。
結構変わっていたりするのですが、今でかけてもあまりそれを感じない不思議な街です。うまく変わっていってる気がします。
ウェスティもよくみかけるパリ。

初めてのblog

May 13 2005

昨今ウェブサイトの他にblogサイトがとてもたくさんあるようです。
私もお気に入りがいくつかあります。
誰かの1日を知ったり、新しい情報をいただいたり、そして感じたことをコメントすることもできます。
誰かの日記に参加できる・・といった感じでしょうか。
私もblogで何かお話がしてみたいと思いました。
今回サーバー元である友人に薦めていただいたP_BLOGはなかなか手強く cssを勉強することをすすめられましたが、私にはとても手強い構造になっているようです
とりあえずインターフェイスは基本のまま、ちょっとスタートさせてみたいと思います
そのときそのとき感じたことを書いてみて、読んでくださった方になにかつたわればうれしい♪です
 

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